オーリックが作曲した唯一の4手連弾作品。作曲時期は1925年10月から1926年2月。1920年代前半はオーリックにとって、ディアギレフ率いるバレエ・リュスのために作曲を行い、『レ・ヌーヴェル・リテレール』で活発な批評を展開するなど、活動の幅が大きく拡がった時期だった。
《5つのバガテル》は、オーリックが音楽を手がけた2つの演劇(ベン・ジョンソンの同名の原作にもとづくマルセル・アシャールの喜劇『無口な女 La femme silencieuse』と、ジャック・テリーの小説『前向きの逃避 La fuite en avant』にもとづくアルフレッド・サヴォワールの劇『猛獣使い Le dompteur』)から、連弾用に抜粋・編曲したものである。オーリックとたびたび共作した劇作家、アシャールに献呈されている。
初演は1926年5月2日、パリのサル・デ・ザグリキュルテュールで、オーリックとプーランクによって行われた[註:彼らの作品を特集したこの演奏会では、他にオーリックのピアノ曲《ソナチネ》、歌曲《2つのロマンス》(初演)、プーランクの《オーボエ、ファゴットとピアノのための三重奏曲》(初演)、ピアノ曲《ナポリ》(初演)なども演奏された]。
批評家のアンドレ・シェフネルは、〈小行進曲〉と〈夢想〉をとりわけ高く評価している。1927年11月30日にはサル・プレイエルで管楽六重奏版が演奏された。1943年5月22日には、ギャルリー・シャルパンティエで行われたプレイアッド演奏会[註:メシアン《アーメンの幻影》成立背景参照]で、モーリス・エヴィット管弦楽団が小管弦楽版を演奏している。しかし、ピアノ版を除くヴァージョンは未出版であり、本作品のもととなった劇音楽のスコアも刊行されていない。エヴィットの団体が演奏したヴァージョンは、もとの劇音楽と同じ編成によるものかもしれない。
■第1曲〈序曲 Ouverture〉 冒頭、饒舌なモティーフが提示される。途中で高音域と低音域の応答によるヘ長調の部分が挟まれる。「皮肉をこめて con ironia」、「明瞭に con nettezza」、「滑稽に burlesco」など、イタリア語の指示がヴァラエティに富んでいるが、これはこの作品の特徴である。
■第2曲〈小行進曲 Petite marche〉 親しみやすい旋律にシンプルな伴奏が付く。3度と6度が多用される、高音域によるニ長調の中間部では古典派の書法がほのめかされる。
■第3曲〈ワルツ Valse〉 「表情を付けず、均一に senza espressione, ben ugualmente」と指示された、滑稽味のあるワルツ。冒頭の旋律が、装飾が付された形で再度現れる。
■第4曲〈夢想 Rêverie〉 アルペジオの伴奏の上で旋律が滑らかに歌われる。ABA形式をとり、Aが2度目に現れるときには同じく装飾が施される。
■第5曲〈退場 Retraite〉 変ト長調の〈夢想〉が終わり、〈退場〉のト長調のモティーフが現れるとき、調性の鮮やかな対比が耳を驚かす。retraite には「帰営を告げるラッパ」という意味もある。舞台から賑やかに退場する役者の姿が眼に浮かぶようだ。