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シューベルト : 行進曲 ホ長調 D 606

Schubert, Franz : Marsch E-Dur D 606

作品概要

楽曲ID:1568
作曲年:1818年 
出版年:1840年
初出版社:Artaria
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:行進曲
総演奏時間:3分30秒
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (3)

総説 : 堀 朋平 (907 文字)

更新日:2018年3月12日
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シューベルトのピアノ舞曲  

19世紀初頭は、18世紀に流行した貴族的なメヌエットが、より民衆的でダイナミックなドイツ舞曲やレントラーに座をゆずった後、やがて華やかなワルツに移行しようとしていた時代である。2手用と4手用あわせて約650曲に上るシューベルトのピアノ舞曲も、これら3拍子系の曲種を中心に伝承されている。ヴィーン会議(1814~15年)後に隆盛を見たワルツのリズムをシューベルトも愛したが、残された楽譜を見るかぎり、作曲家が「ワルツ」の名称を使ったのは1回だけであった。この事実からも、各舞曲の性格はそれほどはっきり区別されていなかったと考えてよい。

シューベルトにとってのピアノ舞曲は、まずは内輪の友人たちの集いにBGMを提供し、なごやかな社交の雰囲気を作り出す曲種だった。やがて腕前が世間に知られていくにつれ、公の大きなダンスホールに招かれてピアノを弾く機会も増えていった。その場の雰囲気にあわせて即興で弾いた曲のなかから、特に気に入ったものを後で楽譜に清書していたらしい。そうして書きためられていった舞曲は、歌曲と並んで初期の出版活動の中心をなした。

シューベルトがピアノ舞曲を弾く様子は、友人たちの数ある証言のなかでも最もしばしば、そして生き生きと回想される場面の一つだった。それらの証言が12月~2月に集中しているのは面白い事実である。南方とはいえヴィーンの冬は厳しい。彼らは寒い夕べに皆で集い、心身の暖を取っていたのである。そんなある夜、人生に疲れた親友をシューベルトの即興演奏が癒す様子を描いた詩すら残されている。こうした場面はシューベルトの音楽の原風景をなすものであり、そこで生まれた舞曲は、時に精神のドラマをはらむ緊密なチクルス(まとまった曲集)にまで発展することがあった。この性質をよく認識していたのがロベルト・シューマンである。シューベルトの舞曲チクルスのいくつかは、やがて《ダーヴィド同盟舞曲集》(1837年)につながるほどの緊密な作品集になっているのである。

友情、社交、そして精神の旅路――この3つの領域をゆるやかに横断しつつ、シューベルトのピアノ舞曲は人の心と身体を暖めてくれる。

執筆者: 堀 朋平

楽曲分析 : 堀 朋平 (677 文字)

更新日:2018年3月12日
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18世紀の軍楽から洗練されたとはいえ、シューベルトの行進曲も、基本和音の規則的な交替からなり、リズムは付点やダクテュルス(長短短)が基本となることが多い。主題も、主和音の分散による勇ましい性格を持つ。本作の主題も、おそらく大音量によるトゥッティを念頭に置いたもので、類似の音型はしばしば交響曲の冒頭を飾っている(第3番D 200や第8番D 944など)。全体は、それぞれ繰り返しを含む主部―トリオ―主部の3部分からなり、主部もトリオも、おのおのA-B-Aの3部形式をとる。

調的にも、主調―属調を柱とする整然とした構成をそなえているものの、しかし各部分の内部では種々のメディアント調(3度調)への強い傾きを示す点が異例である。9小節目で早くも響くハ長調和音が、この作品の法外な音響空間を予告している。同じような響きの拡張は、同時期の歌曲や管弦楽にもよく見られるもので、総じて1817~18年頃のラディカルな実験の最先端をなす特徴に数えられる。実際このD 606は、シューベルトの書いた行進曲のなかでは最も破格の響きをもつ作品である。

そうした音響の中でも、各部分はバランスよく設計されている。たとえば主部、第31小節以降は主題の再現であるが、第35小節で、♭系に二つ進んだニ長調和音(提示部では2度高い嬰ヘ短調和音であった)が鳴るのは、ソナタの再現部でよく用いられたやり方である。トリオでは、1度と5度の和音を軸にひたすら往復運動が繰り広げられる。これは軍隊のドラムロールの模倣であろう。弱音を主体としつつ、主部よりはっきりした強弱の対比を見せるのが特徴だ。

執筆者: 堀 朋平

総説 : 堀 朋平 (293 文字)

更新日:2018年3月12日
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行進曲は、18世紀のドイツ語圏とフランスで盛んに演奏された曲種である。8小節や16小節の単純なフレーズによって軍隊の行進を管楽で伴奏していたが、やがてこれがピアノのジャンルで洗練されていった。そうして定着した行進曲は、もっぱら家庭で奏されるのみであり、実際に行進のために使われた事実はない。「行進曲」は、シューベルトにとってはおもに連弾のためのジャンルだった。4手用に書かれた17曲すべてが生前に出版され、売れ行きも好調だった。いっぽうでソロ用に書かれた作品で完成をみたのは、本作を含めて2曲のみである。ほかの多くの行進曲と同じく自筆譜は消失しているが、1818年に書かれたとみられる。

執筆者: 堀 朋平

楽譜