1940年夏から45年にかけて作られた、語り手とピアノのための作品。原作は、フランスの絵本作家のジャン・ド・ブリュノフが、1931年に発表した同名の絵本である。
1940年の夏、戦争への動員を解除されたプーランクは、フランスのリムーザン地方の町、ブリーブ=ラ=ガイヤルドに滞在した。当地にはプーランクの父方のいとこ一家が住んでおり、パリにいた作曲家の叔父や姪たちも疎開してきていたのだった。ピアノで作曲の仕事をする習慣のあったプーランクは、土地の友人でアマチュア・ピアニストのマルト・ボスルドンからピアノを借り、親戚の子供たち11人に囲まれながら、新作のチェロ・ソナタなどのスケッチをしていた。
ある日、プーランクのピアノを聴いていた子供の一人が、その音楽に退屈してしまい、ブリュノフの『ぞうのババール』を持ってきて、何かこの物語に合うものを弾いてほしい、と頼んだ。これが作曲のきっかけとなり、プーランクは作品のスケッチを始める。戦争のために作曲は何度も中断したが、1946年6月14日に、作曲家のピアノと歌手のピエール・ベルナックによる朗読でラジオ放送初演された。コンサート形式では、1949年2月8日、ロンドンのR.B.A.ギャラリーで、俳優兼BBCニュースキャスターのブルース・ベルフレンジによる朗読と作曲家のピアノで初演。作品は親戚の子供たち11人とボルスドン、アンドレ・ルクールに献呈されている。なお、ジャン・フランセによるオーケストレーションの管弦楽伴奏版もある。
作品は、原作絵本のイラストに対応する本文の朗読と、ピアノ演奏が交互に、または同時になされる形で進む。そのため、ババールが母象の背中に乗ってお散歩をする場面は、ゆったりと一歩ずつ前に進むような優しげな音楽、ババールの面倒を見るお金持ちの老婦人と日課の体操をする場面は、同じ旋律を高音部(老婦人)と低音部(ババール)でカノンのように繰り返すなど、それぞれの音楽は、イラストに描かれたシーンを想起させるような曲調を持つ。また、他のプーランク作品を思わせるようなパッセージもふんだんに盛り込まれており、作曲家の音楽的特徴が結集した作品ともいえる。