ラヴェルの早熟ぶりについて、ヴラディミール・ジャンケレヴィッチは「他の人びとが終わるところから始めているのである」と評しています。「一九〇二年から早くも巨匠のわざをみせていたということである。だからフォーレが少しずつ、つねに同じ方向に進歩するのに反して、ラヴェルは二七歳で大家の風格があり誤りを犯すことなく、以来そのときそのときに応じて自分を豊かにしてゆくのである」
1907年以降のラヴェルは、異国趣味や民俗音楽を次々と取り入れた作品を残します。《2つのヘブライの歌》(1914)の第1曲はアラム語による典礼文をテクストにした「頌栄(カディッシュ)」。ハ短調のドミナントであるト音がドローンとして響き続け、死者たちへの哀しくも燃えるような旋律が繰り広げられます。神秘的に開始した歌はハープを模倣したようなアルペジオに誘われるまま熱狂に向かいます。《ツィガーヌ》(1924)でツィンバロンの模倣をピアノ・リュテアル(ベルギーのオルガン製作者ジョルジュ・クルタンが1919年に特許を取得したばかりの楽器)に委ねたように、ラヴェルは作品に応じてピアノに擬態を求めているのが分かるでしょう。
ラヴェルの美学を何一つ損ねていない点で、この作品は名編曲と言えます。編曲者のアレクサンドル・ジロティはリストの最後の弟子に名を連ねる一人で、ラフマニノフの従兄としても知られています。まずは旋律を除いた伴奏部を作り込んでみることから始めてみましょう。長いペダルによって不協和音がマーブル状に揺れ、美しい異世界が現れます。アルペジオを重ねるごとに響きは熱を帯びてきて、やがて乱れ打ちする不協和音の中で恍惚とした表情に至ります。一方、歌にはメリスマが多用されますので、ぜひオリジナルの歌曲演奏を聴いてください。独特の揺らし方をとらえて楽譜の中に書き込んでいくことは、音楽を学ぶ上で良い経験になるでしょう。
【参考文献】
ヴラディ―ミール・ジャンケレヴィッチ『ラヴェル』(福田達夫訳)白水社
ハンス・シュトゥッケンシュミット『モリス・ラヴェル その生涯と作品』(岩淵達治訳)音楽之友社
【参考リンク】
A guide to the Piano luthéal
https://youtu.be/n5VpzwrTkfI
Madeleine Grey songs Kaddisch
https://youtu.be/V5OHxLqiTsc
初演者であるマドレーヌ・グレイによる録音