シェルブレ=グライヒアウフ写本に伝えられる作品(詳細は《前奏曲とフーガ イ短調》BWV897参照)。様式から真作であるかどうか疑われている。
特にフーガは、声部書法と対位法の未熟、3度・6度平進行の多用が目立つ。そのため、テクスチュアに変化が乏しく、響きの奥行きがない。また調推移も平凡で、遠隔の調が現れない。常套句を連ねて全体を運んでいくので、冗長に感じられてしまう。が、バッハの初期作品には、この種の単調な展開が時に見られる。
一方、ファンタジアは冒頭で優美なナポリ六の和音(Es音)が鳴り、掛留と溜息動機の組み合わせでゆるやかに進む。こうした様式はイタリアの様式をドイツの音楽家が模倣したものと考えられる。すなわち、18世紀初頭に典型のものである。
どちらの曲も、バッハの真作性を否定する決め手はない。が、本当の作者が誰であれ、とりわけフーガは、その長大な規模を満足させる出来映えとは言い難い。