まだ手の小さい子どもが、ペダルを使わなくても弾ける曲を、というコンセプトのもとに作曲された曲集である。1984年に出版された。作曲者が47歳の時のことである。合わせて24の曲からなり、それぞれの曲には、タイトルが付けられている。また、楽譜には、挿絵も添えられている。
第1曲目 <夕顔(ゆうがお)の花(はな)が咲(さ)いたよ> やさしく ヘ長調 4分の4拍子
メロディーと和音からできており、全体的に、音域がピアノの中音域に集められている。メロディーは、主に右手が弾くものの、途中で左手がメロディーを弾く場面もみられる。メロディーの各フレーズの終わりは、2分音符の音価となることが多く、語りかけるかのようである。この曲の作曲者は、この2分音符の長さを十分に保つように注意を促している。
第2曲目 <さようなら> やさしく ト長調 4分の3拍子
アウフタクトで始まるこの曲は、右手がメロディーを、左手がワルツを思わせるような伴奏を弾く。この左手の伴奏は、3拍目に休符がおかれることが多く、アウフタクトが特徴的なメロディーをひき立てている。この曲の作曲者は、メロディーの1拍目にアクセントが付かないよう、そして、左手はゆれる感じを表すように注意を促している。
第3曲目 <ルルの子守(こもり)唄(うた)> やさしく ヘ長調 4分の4拍子
右手と左手が会話をする場面と、右手と左手が一緒に話す場面とがある曲。この曲の作曲者は、レガートを美しく、そして透きとおった響きを求めるように注意を促している。
第4曲目 <月夜(つきよ)のコロボックル> 明るく、活発に ホ長調 4分の3拍子
コロボックルとは、アイヌ語で、フキ(蕗)の葉の下に住む人という意味がある。右手が弾くメロディーに左手が合いの手を打つ場面と、右手と左手が一緒に音楽を進める場面がある。また、この曲の終わり近くになると、ヘミオラになる場所がある。この曲では、主に、1拍目にテヌートが、その他の拍にスタッカートが付けられている。作曲者は、このスタッカートを軽いタッチで弾くように注意を促している。また、前述のヘミオラの部分については、2分の3拍子の感じで一息に前進するように注意を促している。
第5曲目 <北国(きたぐに)のおはなし> やさしく イ短調 2分の2拍子
この曲集で初めての短調が登場する。音階的な音の動きを中心に、作られている。中間部では、ハ長調の音階も現れる。この曲の作曲者は、1つ1つの音のタッチをそろえ、音楽が前に進む感じを常にもつように、注意を促している。
第6曲目 <菜(な)の花(はな)がゆれる> やわしく、ゆれるように ハ長調 4分の3拍子
前半は、右手がアウフタクトで先行する形でメロディーを弾き始める。左手は3拍目に休符がおかれ、タイトルに表されているような「ゆれる感じ」をかもし出している。この曲の作曲者は、休符の前の拍にあたる第2拍目が短くなりすぎないように、注意を促している。
後半は、メロディーの息の長さが長くなり、おもむきが少し変化する。
第7曲目 <カンガルー一家(いっか)のピクニック> あかるく、はずんで イ長調 2分の2拍子
スタッカートを多用し、右手と左手が交互に弾くこの曲は、軽やかさが感じられる。この曲の作曲者は、前半を4小節で1つのまとまりであることを意識すること、時折みられる8分音符の音階が転ばないようにすることを呼びかけている。
第8曲目 <波(なみ)のたわむれ> やさしく ハ長調 4分の4拍子
この曲には、とびうお(飛び魚)の挿し絵が添えられている。そして、ダ・カーポ記号による3部形式で書かれている。中間部は変イ長調に転調し、クライマックスを築くように構成されている。全体的に、右手と左手のフレーズの長さが違うつくりとなっているが、この曲の作曲者は、右手と左手の波は大きさも表情も違うこと、4分の4拍子のこの曲を2分の2拍子の感じで弾くことを呼びかけている。
第9曲目 <ロバート・シューマンの夢(ゆめ)を見(み)た> 流れるように ニ長調 2分の2拍子
この曲の、音を残しながら和音の響きを作っていく手法は、シューマンの手法を思い起こさせる。そして、そのようにして作られる最後の和音は、「レ・ミ・ファのシャープ・ラ
・シ」の5つの音で構成されているが、ニ長調の主和音を構成する「レ・ファのシャープ・ラ」が響くところに、「ミ・シ」の付加音が足されるため、これら5つの音を同時に弾いたときのように、にごった響きとはならない。この曲の作曲者は、4小節で1つのまとまりをなすフレーズが3回続いた後、中間部は14小節という長いフレーズとなっていることに注意を促している。
第10曲目 <どんぐりが踊(おど)っている> 明るく、元気よく ハ長調 4分の4拍子
スタッカートと付点のリズムが特徴的な曲。また、半音階的な音の動きを多用している。冒頭のテーマが再現する前には、必ずポコ・リタルダンドの指示が付け加えられている。この曲の作曲者は、はずむリズムをくずさないようにすること、また、スタッカートがかたすぎたり鋭すぎたりしないようにすることを呼びかけている。
第11曲目 <悲(かな)しい夢(ゆめ)> 悲しげに ロ短調 4分の3拍子
息の長いフレーズの中に同じ音を続けて弾く同音連打が含まれている曲。常にレガートで、そして、非常に表情豊かに弾く指示が添えられている。指使いを変えながら音をおさえる部分もあり、そのような点で「難しい」曲である。この曲の作曲者は、レガートで同じ音を繰り返すタッチの大切さを呼びかけている。
第12曲目 <蛙(かえる)の親子(おやこ)がポカポカ散歩(さんぽ)> のどかに ト長調 4分の4拍子
右手が弾くこの曲のメロディーのリズムは、ほがらかである。そして、強拍に休符がおかれた左手がその味わいを深めている。中間部では、蛙の親子がほほ笑ましい会話をする。この曲の作曲者は、この会話をユーモラスに暖かい気持ちで弾くこと、また全体的にスタッカートが鋭くなりすぎないようにすることを呼びかけている。
第13曲目 <チロのお葬式(そうしき)> 悲しげに ニ短調 2分の2拍子
この曲には、小犬のチロのお墓の挿し絵が添えられている。「レ・ミ・ファ」の3つの音の間を行きつ戻りつする音形が、沈んだ気持ちを表しているように感じられる。この曲の作曲者は、そのような音形を左手が弾く部分で重くなることのないように、注意を促している。
第14曲目 <四月(しがつ)のセレナーデ> やさしく 変ロ長調 8分の6拍子
この曲は、ところどころに半音階的な音の動きが散りばめられている。また、後半で左手の音域がやや上がり、気持ちの高揚を表しているように感じられる。この曲の作曲者は、メロディーのアウフタクトについたテヌートが重くならないように、注意を促している。また、メロディーをレガートできれいに歌う事の大切さを呼びかけている。
第15曲目 <スタレガ・ラプソディ> 活発に 変ロ長調 4分の2拍子
スタッカートとレガートの対比が特徴的な曲である。中間部の左手は、シンコペーションのリズムを中心としている。この部分は、右手のメロディーも時折シンコペーションのリズムとなる。この曲の作曲者は、シンコペーションが重くなることなく、前へ進むように、注意を促している。
第16曲目 <サヴァンナをゆく> おちついて ハ短調 2分の3拍子
曲全体を通してみられる主要なモティーフがある。このモティーフはスタッカートが支配的である。中間部とコーダには、このモティーフに対して長い音価を保つ音が現れる。この曲の作曲者は、スタッカートが短くなりすぎないよう、また、広い空間に広がる音を思い浮かべるよう、呼びかけている。<サヴァンナをゆく>というタイトルは、空間を意識した響きを大切にしてほしいという作曲者の思いの表れと考えられる。
第17曲目 <メトロノームのティータイム> 軽くはずんで ト長調 2分の2拍子
この曲のタイトルは、機知に富んでいる。作曲者は、メトロノームのように機械的なテンポで弾いても楽しくないこと、音楽の自然な流れを大切にすることを呼びかけている。レガートの部分もスタッカートの部分もあり、それらは右手と左手の間で対比されることもある。
第18曲目 <仔(こ)猫(ねこ)の午睡(ひるね)> 流れるように 変イ長調 4分の2拍子
この曲には、ソファに寝そべる仔猫の挿し絵が添えられている。主に、右手はシンコペーションを、左手は拍節にあった4分音符を弾く。この曲の作曲者は、やや気だるく甘やかに弾き、シンコペーションにアクセントがつかないように注意を促している。
第19曲目 <骸骨(がいこつ)達(たち)の陽気(ようき)な行進(こうしん)> 歯切れよく ト長調 4分の4拍子
この曲のリズムはおどけている。右手も左手も、ほぼ全体を通して、このリズムを一緒に弾く。この曲には、一列に並んで前へ進んでいく骸骨達の挿し絵が添えられているが、そのうちの最初の2人は手をつないでいる。作曲者は、全身の力を抜けば、リズムが難しそうに見えるこの曲も楽しく弾くことができ、奇妙な明るさを味わうことができると呼びかけている。
第20曲目 <見捨(みす)てられた小舟(こぶね)> 流れるように 変ロ長調 8分の6拍子
左手が先に弾き始める曲である。右手と左手はメロディーと伴奏という関係ではなく、どちらも舟歌のリズムを弾く。この曲の作曲者は、レガートを美しく弾くこと、右手と左手が2度でぶつかり合うところを丁寧に弾くことを呼びかけている。
第21曲目 <秋(あき)の舟歌(ふなうた)> ゆれるように 嬰へ短調 4分の5拍子
前の曲と同様に、左手が先に弾き始める。この左手は、オスティナートとなっている。右手は、このオスティナートに乗り、音価が長く、フレーズの息も長いメロディーを歌い上げる。作曲者は、左手のオスティナートで音楽を運ぶためには、緊張を保つ必要があることを呼びかけている。
第22曲目 <赤(あか)い月(つき)とこびとの踊(おど)り> 少しおどけて、しかし、やさしい気持ちを失わないで イ短調 4分の3拍子
まず、右手と左手が1拍ずつ交互に弾く。中間部になると、上声のメロディーを探知ながら、左右の手で和音の伴奏を弾く。作曲者は、この中間部で音楽の流れが停滞しないようにすること、スタッカートが鋭くならないようにすること、アクセントの付いたfが乱暴にならないようにすることを呼びかけている。
第23曲目 <南(みなみ)の風(かぜ)> やさしく、さわやかに ニ長調 8分の6拍子
この曲のタイトルは、この曲集のタイトルにもなっている。半音階的な音の動きがたくさん用いられている左手の伴奏に乗って、様々な音程を自由に組み合わせた右手のメロディーが歌われる。中間部では、右手のメロディーにも半音階的な音の動きがみられるようになる。作曲者は、この中間部を乱れながら盛り上げ、そして沈んでいきながら再現部へとつながる感じを音楽的に表現するよう、注意を促している。
第24曲目 <ジャングルの闇(やみ)の中(なか)に> おちついて ヘ短調
この曲は、4分の4拍子、4分の5拍子、4分の6拍子、4分の9拍子の間で何度も拍子が変化する。そして、そのような変化をまたがるように、小節線を越えて保たれる長い音価がみられる。この曲の作曲者は、拍子のめまぐるしい変化に惑わされることなく、フレーズのまとまりを考えて弾くよう、注意を促している。
第25曲目 <つくしんぼうがうたった歌(うた)> 軽やかに 変ホ長調 8分の12拍子
右手と左手で1つのラインを紡ぎだしていく曲。作曲者は、左右の手で分散して弾く和音を、最初はまとめてコラールのようにして弾き、この曲の和声に十分親しんでから譜面どおりに弾く練習方法を薦めている。