シューベルトは健康の問題や金銭的な困難を抱えていたため、その短い生涯で遠方を旅することはありませんでしたが、唯2回ウィーンを離れて他国に出ました。1818年と1824年に滞在したツェリス(当時のハンガリー、現在のスロヴァキア領Želiezovce)にはエステルハージ家の邸宅があり、ヨハン・カール・エステルハージ伯爵に雇われたシューベルトは娘たちに音楽を教えました。その邸宅の厨房でハンガリー人のメイドが歌っていた民謡が、《ハンガリーのメロディ》の主題となった可能性が高く、1824年シューベルトと共に滞在したカール・フォン・シェーンシュタイン男爵が証言しています。楽譜に1824年9月2日の日付が記されていることも、この証言の信憑性を高めるものですが、この主題はシューベルトが「ハンガリー風」に作った、全くのオリジナルだという説もあります。いずれにしても、ハンガリーの叙情が色濃く感じられるノスタルジックなメロディです。
Op.94-3の《楽興の時》を思わせる8分音符による左手の伴奏も詩的です。Allegrettoが与えられていることからも、テンポの可能性はさまざまでしょう。速めのテンポを選ぶと軽やかになり、大きなフレーズを生かす歌い方ができ、遅めのテンポですと歌曲風になり、旋律の持つ郷愁を醸し出すことができるでしょう。
【参考リンク】
シューベルトを敬愛していたリストはこの作品も編曲しています。
音源 https://www.youtube.com/watch?v=dqeOQNzWhmY
楽譜 IMSLP