エドワード・エルガーが1905年に作曲したピアノ作品。
この曲が作られた前年の1904年には、〈威風堂々〉などの音楽の功績が認められ、ナイトの称号が叙勲されるなど、エルガーは英国を代表する作曲家の1人となっていた。そんな社会的名士となっていたエルガーは、1905年秋にイギリス海軍地中海艦隊の司令官チャールズ・ベレズフォード提督のはからいで、ギリシャやトルコなど地中海一円をめぐる一ヶ月のクルーズへと出発した。 そのクルーズの寄港地の一つが曲のタイトルにもなっている「スミュルナ」(現在のイズミール)である。
スミュルナ(イズミール)は、現在のトルコ共和国(当時はオスマン=トルコ帝国)の第三の都市といわれ、イスタンブールに次ぐ大きな港街。古くから地中海交易で栄え、その美しさから「エーゲ海の真珠」と称えられてきた。 真っ青な海と輝く太陽、美しいミナレット(尖塔)と色鮮やかなステンドグラスとタイルに彩られたイスラムモスク、西洋と東洋の狭間で様々な人や物が行き交い活気に満ちたスーク(市場)…。 目に映るものすべてがエキゾチックで、ヨーロッパのはずれの小さな島国イギリスで生まれ育ったエルガーにはスミュルナの街の光景はとても新鮮なものに感じられたであろう。 そんなスミュルナの異国情緒あふれる街の印象を元に、エルガーがクルーズの船の中で書き上げたのが、〈スミュルナにて〉である。
続いて、曲の詳細について触れていこう。
Quasi Andante、4分の4拍子、ト長調。 曲の冒頭は、ピアニッシッシモの16分音符の右手の刻みからはじまる。このさざ波のようなパッセージに続き、穏やかな広い地中海を表すようなゆったりとした主題が姿を現す。 アラブ風のエキゾチックな表情も時折顔をのぞかせるが、リムスキー=コルサコフの〈シェヘラザード〉や、バラキレフの〈イスラメイ〉のような異国趣味の音楽というよりも、ゆったりとした船旅の情景や地中海の風を印象派的な手法で描き出している。 続く経過句では、波が打っては返すように緩急を繰り返しながらフレーズが反復していき、凪の海からだんだんと波打ってゆく様子が描写されいている。 うねりだした波は28小節目のスフォルツァンドを頂点に次第におさまりだし、30小節目のa tempo,piu lentoを経て、32小節目からTempo Iとなり、主題へと戻ってゆく。再び穏やかな海へと戻った再現部では、波は16分音符から3連符へと姿を変えて表現されている。42小節目からは、アラブ風カデンツァが曲の終わりを華麗に彩り、落ち着きを取り戻した海は静かにディミヌエンドしてゆき、そっと幕を閉じる。
この曲が作曲された1905年というのは、エルガーの人気が絶頂であった頃であり、作曲家として一番脂の乗り切った時期といえる。この作品は、円熟期を迎えたエルガーが純粋なピアノ曲として書き上げた数少ない貴重な一曲である。