close
ホーム > リゲティ > ピアノ練習曲集 第2巻

リゲティ : ピアノ練習曲集 第2巻

Ligeti, György : Etudes pour piano, premier livre(No.7-14)

作品概要

楽曲ID:6936
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:練習曲
総演奏時間:21分00秒
著作権:保護期間中

解説 (2)

総説 : 奥村 京子 (1830 文字)

更新日:2015年4月30日
[開く]

「秩序と混乱の均衡――多彩な連想が織り込まれた音楽」

リゲティは、1980年代に、コンロン・ナンカロウ(Conlon Nancarrow, 1912~1997)が作曲した人間では演奏不可能な複雑なリズム構造を呈した自動ピアノ作品を聴き、完璧に構築されているのにエモーショナルだと絶賛した。ナンカロウから強い刺激を受けたリゲティは、1985年から、生きているピアニストのためのエチュードを作曲し始めた。

リゲティは、1980年代から2000年頃までに、3冊のプロジェクト・ノートを書き残し、命が尽きるまで手放さなかったのだが、ノートから読み取れるひとつの傾向は、世界音楽に対する熱い眼差しである。彼の興味は、アフリカとアジアの音楽に集中している。アフリカの各地に根強く残る自然崇拝や呪術信仰に伴う儀礼、仮面舞踊、打楽器音楽、ポリリズム、非均整なリズム構造、狩猟採集民族ピグミーの複雑な声楽ポリフォニーに興味を持ち、アフリカ音楽研究の第一人者であるシムハ・アロム(Simha Arom,1930~)の講義を受講していた。アジアにおいても、タイの山岳民族の冠婚葬祭に伴う儀礼音楽や、グルジアの多声合唱音楽やクリマンチュリ、ミャンマーの複雑なヘテロフォニー、インドネシア・バリ島のガムラン音楽やケチャ、影絵芝居について調べた。ロックやテクノ、レゲエ、サルサ、ルンバなどの大衆音楽についても書き留めている。さらに彼は、絵画や建築だけでなく、有機化学や生化学、フラクタル図形などについても造詣が深い。

《ピアノ・エチュード集》は、リゲティの溢れるばかりの知識を背景に生み出された。どれほど難しい理論や計算がそこに組み立てられているのかと、私達は尻込むだろう。確かに、彼は自然界に存在する一貫性ある数字の配列や数学的な理論を偏愛したが、かつて信じた社会主義システムが期待外れに終わり絶望した経験から、たったひとつの教義や主義、原理を支持することを拒んだ。2001年の京都賞授賞式典でのスピーチにおいては、彼は、規則と一貫性がなければデタラメな作品が生まれるが、規則が厳密すぎると音楽の「精神」を殺してしまうと述べた。リゲティは、自分自身が選択した規則を半ば遵守し、半ば逸脱しながら、独自の連想を音楽に反映させているのである。

リゲティは次のように言う。「私の音楽は純粋ではない。それは、狂気じみた沢山の連想によって汚されている。なぜなら、私はとても共感覚的に考えるからだ。私はいつも形から音響を思い浮かべ、色や音響などから形を考える。その結果、絵画芸術や文学、ある種の学問的アスペクト、日常生活、政治的アスペクト、そのほかとても多くのことが、私にとって、実際にかなり重要な役割を果たしている。〔中略〕私の音楽は、決して標題音楽ではないが、とても強い連想を帯びている。」*1

実際のところ、《ピアノ・エチュード集》の各作品には、連想を引き起こすタイトルが付けられている。さらに、各作品の草稿を見た時、そのカラフルさに驚かされるだろう。リゲティは、2、3、4、5などの異なるリズムを同時に重ね合わせた時に発生する複雑なポリリズムや新たなリズムの周期性を把握するために、赤・黄・緑・青・紫・黒色などの鉛筆で、五線譜に縦線を引いている。彼は、ピアノ・エチュードの作曲時からレインボーペンシルを好んで使用するようになり、ポリリズム作品の草稿にカラフルな格子が混線し始めた。リゲティは、いかに規則を設定しそこから逸脱するかという、秩序と混乱の均衡を巧みに操作しつつ、多彩な連想を音楽の生地に織り込んだのである。

リゲティのエチュードは、身体のメカニズムに沿ったピアノ曲ではなく、一種の弾き難さがある。彼は、自動ピアノが実行する完璧な演奏に驚嘆し魅了されたが、機械的で非人間的な演奏を望んだわけではない。機械仕掛けのピアニストでありながらも、強烈な人間性を感じさせる演奏。システマティックに構築されているのに情感的な連想を引き起こす、生きている人間のエラーこそが、感動的かつ魅力的なリゲティ音楽の核であろう。

*1Klüppelholz, Werner. 1984 “Was ist musikalische Bildung?: Werner Klüppelholz im Gespräch mit György Ligeti”, Musikalische Zeitfragen 14, p. 70.

執筆者: 奥村 京子

楽曲分析 : 奥村 京子 (2179 文字)

更新日:2015年4月30日
[開く]

《ピアノ・エチュード》 第2巻(1988~1994)

第7番〈悲しい鳩〉:Vivacissimo luminoso, legato possible, ウルリヒ・エックハルト(Ulrich Eckhardt)に献呈。ドビュッシーが作曲した《映像》第2集第1番〈葉ずえを渡る鐘の音〉に閃きを得て作曲された。ドビュッシーは、1889年のパリ万国博覧会でガムラン音楽を聴き、作品に全音音階を取り入れたという。リゲティは、この曲では、右手と左手で異なる2種類の全音音階を用い、重ね合わせている。

第8番〈金属〉:Vivace risoluto, con vigore、フォルカー・バンフィールドに献呈。きらきらと輝くような金属的な完全5度の和音が、自由に(ad lib.で)アクセントを付けて、非常にリズミカルに演奏される。リゲティは最初、〈5度〉というタイトルを付けるつもりだった。この作品に限ったことではないが、リゲティのエチュード作品に書かれた拍子や小節線は、楽譜に記譜する際の便宜上の目安でしかなく、実際の拍子や拍節は非常に移ろい易い。この曲は、ポリリズムの多様性が前面に押し出された作品のひとつと言えるであろう。

第9番〈眩暈〉:Prestissimo sempre molto legato、アルゼンチン出身のユダヤ系作曲家マウリシオ・カーゲル(Mauricio Kagel, 1931~2008)に献呈されている。この作品のほぼ全てが、下行形の半音階で構成されている。押し寄せては引いていく波に、次から次へと新たな波が重ねられていくように、長短様々な下行半音階が絶えることなく重ね合わされる多層的なカノン構造になっている。

第10番〈魔法使いの弟子〉:Prestissimo, staccatissimo, leggierissimo、現代ピアノ作品の演奏者として知られているピエール=ローラン・エマール(Pierre Laurent Aimard, 1957~)に献呈。1960年代から主にアメリカで盛んになった現代音楽のジャンルのひとつであるミニマル・ミュージックの作風に類似している。冒頭は、2音だけが両手で極めて速く反復される音型パターンが続くが、徐々に新しい音が加わっていき、次第にさまざまなフェイズが顔を出していく。最後は疾風のように急下降して終わる。

第11番〈不安定なままに〉:Andante con moto, リゲティの同郷の友であるルーマニア出身ハンガリー人作曲家ジェルジ・クルターグ(György Kurtág, 1926~)に献呈されている。リゲティは最初、前衛的な作風で知られるフランスの作家ボリス・ヴィアン(Boris Vian, 1920~1959)の小説『心臓抜き』(1953)をこの曲のタイトルにしようと考えていた。静かに揺れ動く長音符の重なり合いの中から、時々、流線的な旋律線が姿を現すが、すぐに消えてしまう。どこか虚ろで行き場の無いままに終わる。

第12番〈組み合わせ模様〉:Vivacissimo molto ritmico, ピエール=ローラン・エマールに献呈。タイトルは、さまざまなアートや建築に見られる「織り合わされた装飾」や「組み合わされたデザイン」を意味している。冒頭から途切れることなく演奏される16分音符の音型反復を背景に、様々な音価が重ね合わされ、複雑なポリメトリックが作られている。

第13番〈悪魔の階段〉:Presto legato, ma leggier, フォルカー・バンフィールドに献呈。リゲティは、カリフォルニアのサンタ・モニカに6週間滞在した際に、毎日、太平洋沿岸でサイクリングを楽しんでいたが、エルニーニョ現象後のある朝に猛烈な嵐に襲われ、もがきながらアパートに帰り着いたという。この作品は、その猛烈な嵐の経験から着想を得て作曲された。彼は、カントール集合を「悪魔の階段」と呼ぶことを知ってはいたが、この曲には隠喩的にそのタイトルを使っただけである。7(2+2+3)、9(2+2+2+3)、11(2+2+2+2+3)というリズム・モジュールに基づいたパターンが、ひたすら下から上へと登り詰めていき、クライマックスで最強音(フォルテ8つ)に達する。

第14番 〈無限柱〉と第14A番〈終わりの無い柱〉:Presto possibile, tempestoso confuoco, Vincent Meyerに献呈。この両作品のタイトルは、ルーマニア出身の20世紀を代表する彫刻家コンスタンティン・ブランクーシ(1876-1957)によって、1937年にミニマル・アートの作風で作られた35mの柱に因んでいる。ブランクーシによれば、無限柱は、単純なユニットの反復によって構成されており、どこで切断しても無限の柱としての特性を失わないものとされる。ブランクーシは、その柱を「無限柱」、あるいは「終わりの無い柱」という両方の名で呼んでいた。この曲は、まず第14A番の方が先に作曲されたが、ピアニストのピエール=ローラン・エマールが、人間のピアニストには難し過ぎるのでもっとテクスチュアを簡単にするように、リゲティに頼んだ。その結果、第14番では、音の数や音程の密度が下げられ、ハーモニーも変えられた。

執筆者: 奥村 京子

楽章等 (8)

第7番「悲しい鳩」

総演奏時間:2分30秒 

動画0

解説0

楽譜0

編曲0

第8番「金属」

総演奏時間:2分30秒 

動画0

解説0

楽譜0

編曲0

第9番「眩暈」

総演奏時間:2分30秒 

動画0

解説0

楽譜0

編曲0

第10番「魔法使いの弟子」

総演奏時間:2分00秒 

解説0

楽譜0

編曲0

第11番「不安定なままに」

総演奏時間:2分30秒 

動画0

解説0

楽譜0

編曲0

第12番「組み合わせ模様」

総演奏時間:2分30秒 

動画0

解説0

楽譜0

編曲0

第13番「悪魔の階段」

総演奏時間:5分00秒 

動画0

解説0

楽譜0

編曲0

第14番「無限の円柱」

総演奏時間:1分30秒 

動画0

解説0

楽譜0

編曲0

現在視聴できる動画はありません。  

参考動画&オーディション入選(1件)

三原 未紗子

楽譜

楽譜一覧 (0)

現在楽譜は登録されておりません。