1927年6月から7月にかけて作曲。副題は「音による3つの造形的なジェスチャー」(trois gestes plastiques sonores)。アルフォンス・ルデュック(Alphonse Leduc)への献呈。
ルデュックといえばフランス随一の老舗楽譜出版社の屋号だが、ここでは三代目社主(Alphonse Émile Leduc)を指す。本作を含めミゴの主要作品を永年にわたり多数取り扱ったルデュックは、ミゴの生涯の恩人であった。一方、ルデュックとは別に各曲に個別の献呈先も明記されている。つまり、3曲よりなる作品に、都合4名の被献呈者がいることになる。ミゴはこのように献呈先を二重に設定する場合があり、例えばピアノ曲の代表作《黄道十二宮》もこれに該当する(各曲は12人のピアニストに献呈、それと別に、全体の献呈先も設定)。初演は1929年3月5日、サル・ドビュッシーにて、リビュッセ・ノヴァーク(Libussé Novak)による。作曲者自身による弦楽合奏版もある。
緩緩急の独立した3曲よりなる。副題が示すように抽象化された身体表現の描出が念頭にある。具体的な時代や場面の特定はないが、ミゴが中世、ルネサンスの音楽から着想を得るのを常としたことからみて、明らかに往古の宮廷や騎士道における儀礼や舞の奉納を思わせる基調があるように思う。この点、様式美の極致というべき雅楽、能などの伝統を持つ日本人に親和性があるのも興味深い。第1曲〈前奏曲〉(Prélude)。ジョルジュ・トリュク(Georges Truc 作曲家・指揮者・ピアニスト。リュセット・デカーヴの夫)への献呈。活発に、流れるように(Allant et coulant)、4分の3拍子。儀式当日の早朝の澄んだ空気、緊張をはらんだ静寂。第2曲〈挨拶〉(Salut)は貴人への奏上の儀式。アリクス・ロッペ=ソワイエ(Alix Ropper-Soyer)への献呈。中庸に(Modéré)、4分の4拍子。実在の人名アルフォンス・ルデュック(Alphonse Leduc)の綴りによる音列を主題とすることで抽象と具象とを混交する。第3曲〈舞曲〉(Danse)はマルト・マソ(Marthe Mazo)への献呈。律動的に(Rythmé)、4分の5拍子。刀剣や扇も用いた高雅で凛然たる演舞あるいは演武。日本でいうなら、例えば青海波の舞ででもあろうか。
第2曲の冒頭には「造形的に、格式張って演奏すること」(l’interprêter plastiquement et hiératiquement)との指示がある。本作の解釈にあたっては、副題と第2曲の標語に共通する「造形的」(plastique / plastiquement)が重要なキーワードとなる。化学製品としての「プラスチック」が私たちの身の回りに普及したのは、第二次世界大戦時の軍需産業の発展が契機であったという。それ以前に成立した本作では、プラスティークの語はあくまでも元来の「造形的」(または「可塑的」)との意味で用いられる。美術万般に精通し、画作もよくしたミゴの彫塑の分野への関心、接近から出た語かとも推測される。いずれにしても音楽のみに専念する者の発想ではない。造形とは、無形の観念から可視的な有形物を生みだすこと。可塑とは、形を変えやすく、しかも元の形には戻りにくいこと。演奏者はそれを実演に反映するよう求められる。