本作品に登場する3名の人物像は、ガウチョ物語に見られるある種の紋切型とも言える――近代化により自由を奪われ、エスタンシア(大農園)のペオンpeón(賃金労働者)となったガウチョ、勇壮なガウチョの幻影に恋焦がれる農園の娘、社会的ルールから逸脱し、かつての雄姿を彷彿とさせるお尋ね者のガウチョ。この三者と、それぞれに紐づけられた地方舞踊音楽が織りなすパンパの風景が生き生きと描かれた作品である。
〈年老いた牛飼いの踊りDanza del viejo boyero〉
ガウチョが激しいステップを競いあう地方舞踊音楽のマランボmalamboのリズムがベースとなっている。この作品から感じられる「チグハグさ」は、左手が黒鍵のみで、右手は白鍵のみで演奏される複調性から来ている。前半に音の激しさがピークに達した後、音量は絞られ、最終部ではギターの開放弦と同じ音列が登場する。チグハグなステップとギターの音色は、アルゼンチンの近代化の過程で新旧の価値観に翻弄された過去を持つ、年老いたガウチョの哀愁を表しているのかもしれない。
〈粋な娘の踊り Danza de la moza donosa〉
地方舞踊音楽であるサンバzamba(ブラジルのサンバsambaとは異なる)の、優雅でゆったりとしたリズムに乗せたメランコリックな旋律が特徴的である。クレッシェンドと半音階の上行により緊張感が高まったかと思うと、すぐに旋律が下行していく様は、まるで娘が報われない恋に、溜め息をついているかのようである。中間部では、物悲しさから一転し、娘が辛い心の内を吐露するかのように激しさを増す。しかし、この激情も長くは続かない。ただし、雷鳴が遠ざかるかのようなコーダの後、意表をつく不協和音が鳴らされることで、娘の苦悩がまだ心の奥で燻ぶっているような余韻が残される。
〈はぐれ者のガウチョの踊りDanza del gaucho matrero〉
激しく、リズム的要素の強い作品。冒頭の緊迫感のある半音階の下行形や不協和音の繰り返し、そして唐突に鳴らされる和音は、危険な「はぐれ者」のガウチョの存在を匂わせる。地方舞踊音楽ガトgatoの旋律とリズムが用いられた後、1曲目で出てきた複調性が短く現れる。その後、マランボに特有の和音の組み合わせ(I-IV-V)と、激しいリズムで壮大に終結する。祝祭的なガウチョの描写を通して、ヒナステラはこのガウチョに、お尋ね者の烙印ではなく、自由と誇りを取り戻させようとしたのかもしれない。