ジュリアーニ :ギターのためのソナタ ハ長調 Op.15
Giuliani, Mauro:Sonata for Guitar C-Dur Op.15
解説 : 高久 弦太 (5019文字)
■ 概要
《ギターのためのソナタ Op.15》は、1808年7月16日、ジュリアーニが26歳のときに音楽雑誌『Imprimerie Chimique』に掲載された作品であり、彼の唯一の多楽章によるギター・ソナタである。全3楽章、すべてがハ長調および関係調で統一され、古典派の形式美に加えて、循環主題技法による楽章間の動機的統一が際立つ。ジュリアーニ作品中でも特にピアノ的発想を強く反映した構成と音響処理が特徴であり、ウィーン古典派的な厳格さと演奏技巧上の創意が高度に融合された秀作である。
■ 歴史的背景
1806年にウィーンに移住したジュリアーニは、以降この地で国際的な名声を築いていく。本作はその初期にあたる1808年に成立し、当時のギター界において極めて意欲的かつ前衛的な試みとして発表された。当時のウィーンでは、ベートーヴェンやフンメルらが活動しており、ジュリアーニもまたピアノ音楽の動向に深く感化されていたことが本作からうかがえる。
■ 形式と構成
■ 技術的・演奏的観点
■ ピアノ音楽との関係
「小さなオーケストラ」を思わせる劇的・華麗な音響を志向しているジュリアーニの代表作《大序曲 Op.61》(1814年)と対比すると、本作《Op.15》はよりピアノ的で内向的な構成である。《ギターのためのソナタ Op.15》は、ジュリアーニ作品中でも特にピアノ的発想が顕著な作品として位置づけられる。全体を通じて、その旋律美のロッシーニ的な好みと当時のウィーン古典派ピアノ・ソナタの構成美や音型処理を意識した痕跡が随所に認められる。
とりわけ顕著なのが、伴奏音型の構造的扱いである。第1楽章においては、典型的なアルベルティ・バス(低音→中音→高音→中音)の提示は回避され、代わりに根音を省略した音型や非和声音を含む浮遊的な伴奏によって主題の不安定さが演出される。これは、モーツァルトの《ピアノ・ソナタ K.545》などに代表される調性と形式の安定性を基礎とした鍵盤音楽の常套手法に対する、意図的な距離の取り方とも解釈できる。
また、第2楽章における低音重音の積極的使用や、第3楽章中盤のロッシーニの音楽を特に強く連想させる「Grazioso」部分において、ようやく明確なアルベルティ・バスが出現する構成は、ピアノ・ソナタに見られる伴奏型の機能的意義と対比されるべきものである。すなわち、ジュリアーニはピアノ音楽的語法を単に模倣するのではなく、ギター的制約の中でそれを変形・回避・再統合することで、形式と音響の緊張関係を演出している。
このように、《Op.15》はピアノ音楽の構造的思考とギターの演奏実践を融合させた稀有な作品であり、ジュリアーニがギタリストとしてだけでなく、当時の音楽潮流に深く通じた作曲家であったことを示す証左でもある。とりわけ、伴奏型の意味付けや主題再現の在り方においては、ベートーヴェンやハイドンのソナタと通底する構造意識が認められ、ギター音楽におけるソナタ様式の高次元な展開例といえる。
■ 音楽的意義
《ソナタ Op.15》は、ジュリアーニにおける唯一の本格的多楽章ソナタとして、彼の作曲技術と構成意識の高さを如実に示す作品である。全体にわたって循環主題と調性の統一が見られ、ギター音楽の中における「構築的様式美」の到達点といえる。また、ピアノ的語法の導入とアルベルティ・バスの象徴的扱いは、ジュリアーニが単なる演奏家ではなく、様式論的探究心をもった作曲家であったことを示している。特にロッシーニ的な歌心とベートーヴェン的な構成への探求心を兼ね備えている点は音楽史的にも一定の意義を主張してしかるべきである。
第1楽章 アレグロ・スピーリト
調:ハ長調
動画1
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楽譜0
編曲0
第2楽章 アダージョ・コン・グラン・エスプレッシオーネ
調:ト長調
第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
ギターのためのソナタ 第1楽章 アレグロ・スピーリト
ギターのためのソナタ 第2楽章 アダージョ・コン・グラン・エスプレッシオーネ
ギターのためのソナタ 第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
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