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ジュリアーニ :大序曲 イ短調 Op.61

Giuliani, Mauro:Grande Ouverture a-moll Op.61

作品概要

楽曲ID:92858
楽器編成:その他 
ジャンル:種々の作品
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (1)

解説 : 高久 弦太 (3797文字)

更新日:2025年5月12日
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■ 概要

《Grande Ouverture, Op. 61》は、イタリアの作曲家・ギタリスト、マウロ・ジュリアーニ(Mauro Giuliani, 1781–1829)によるギター独奏のための作品。作曲は1814〜1816年頃とされ、ジュリアーニのウィーン滞在期に成立。序奏(イ短調、Andante sostenuto)と主部(イ長調、Allegro maestoso)から成る二部構成で、主部はソナタ形式に準拠する。本作は、19世紀初頭のウィーンにおけるギター文化の頂点を示すものであり、独奏楽器としてのギターの限界を拡張することを目指したジュリアーニの代表作の一つであり、19世紀初頭のウィーン古典派様式とギター特有の演奏技巧を高度に融合させた点で重要な意義を持つ。作品の標題が示すように、オペラの序曲的構成(序奏+主部)に倣っており、劇的な対比と構成美が際立つ。

■ 歴史的背景

ジュリアーニはイタリア南部ナポリに生まれたが、1806年にウィーンへ移住し、以後約17年にわたり、ウィーンの音楽界で活躍した。この間、彼はベートーヴェン、フンメル、モシェレス、ディアベリなど当時の中心的作曲家たちと接し、ギターを室内楽や協奏曲のレパートリーに定着させる功績を残した。

《Grande Ouverture》の成立は1814年から1816年頃と考えられており、ナポレオン戦争後のウィーン復興期にあたる。この時期、ウィーン会議(1814–15)により国際的な社交文化が活性化し、ギターは上流階級のサロンにおいて人気を博していた。フンジュリアーニはその需要に応える形で、演奏技巧と音楽構造を両立させた作品群を数多く発表した。《Grande Ouverture》はその中でもとりわけ構成的完成度と演奏効果に優れた作品であり、演奏会用レパートリーとしてだけでなく、ギター芸術の方向性を示す作品として注目される

■ 形式と構成

冒頭のAndante sostenuto(第1–15小節)はイ短調による序奏。主部はAllegro maestosoによるイ長調の展開で、提示部・展開部・再現部・終結部からなる古典的ソナタ形式を採る。

  • 提示部(16–87小節)では、跳躍する分散和音と下降音階を用いた第1主題(16–35)、上行するスケールを軸とした移行句(36–51)、ホ長調への転調を伴う旋律的な第2主題(52–77)、および終結主題(78–87)が配置される。
  • 展開部(88–115小節)は、属調や平行調を避けてハ長調から始まるという大胆な調性逸脱を見せる。その後ニ短調、イ短調と経巡りながら、形式的緊張を高める。
  • 再現部(125–187小節)では、両主題が主調イ長調で再現され、構造的回帰が明確に示される。
  • コーダ(188–219小節)は技巧的な終結部であり、アルペジオ、スケール、強奏の和音を織り交ぜつつ、壮麗な終止を形成する。

■ 演奏技法上の工夫

本作品には、ギター独奏における技巧的・音響的工夫が随所に凝らされている。
とりわけ、

  • Bars 8–10のバスでは、左手の運指による滑らかな低音の継続が図られており、和声的重厚感を補っている。
  • 主部の第1主題では、開放弦(A・E)の共鳴を積極的に活かした設計がなされ、響きの広がりと音色の明瞭化が実現されている。
  • Bars 88–105のアルベルティ・バス的分散和音は、ピアノ書法のギター的転写ともいえる処理であり、右手のポジショニングと音量バランスへの配慮が求められる。
  • また、終結部では、連続アルペジオや上行スケールが高密度で現れ、左右手の一体的制御が不可欠となる。

これらの技術的工夫は、ジュリアーニがギターの構造と響きを熟知した上で、古典的作曲技法と演奏技法を密接に結びつけた実践的成果といえる。

■ ピアノ音楽との関係

《Grande Ouverture, Op. 61》には、同時代のピアノ音楽、とりわけウィーン古典派のソナタ様式からの影響が随所に認められる。構造面では、序奏付きのソナタ形式による楽章設計が顕著であり、これはモーツァルトやベートーヴェンの序奏付きソナタ楽章を想起させる。とりわけ展開部における主調・属調を避けた遠隔調(ハ長調)からの出発や、動機の断片化と再統合といった手法は、特にベートーヴェンのピアノ・ソナタに見られる展開技巧の応用と解釈される。
また、主部中盤(第88小節以降)に登場する
アルベルティ・バス風の伴奏型は、18世紀後半以降のピアノ音楽において頻出する書法であり、ジュリアーニがこれをギターに適用することで、単旋律楽器に対して豊かなポリフォニー的錯覚と伴奏音型を導入している。こうした点から、ジュリアーニの作曲語法は、単にギター的な感覚に留まらず、ピアノ音楽の語彙を積極的に翻案・吸収していたことがうかがえる。

■ 音楽的意義

《Grande Ouverture, Op. 61》は、ジュリアーニの創作理念——ギター独奏による交響的構築——の最も明確な具現のひとつであり、19世紀初頭のギター音楽における構成的・芸術的到達点を示している。劇的な序奏と、調性の跳躍・展開を通じて緊張と回帰を描くソナタ主部との対比構造は、ウィーン古典派的伝統とジュリアーニ独自の演奏家的視点の結合によって成り立っている。
現在でも本作品は、ギター・リサイタルのレパートリーとして頻繁に演奏されると同時に、音楽学的研究においてもギター音楽の形式構成・調性操作・演奏慣習を検証する上での格好の素材となっている。

執筆者: 高久 弦太

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