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メンデルスゾーン :ピアノ三重奏曲 第2番 ハ短調 Op.66 Q 33

Mendelssohn, Felix:Klaviertrio Nr.2 c-moll Op.66 Q 33

作品概要

楽曲ID:10438
献呈先:Louis Spohr
楽器編成:室内楽 
ジャンル:種々の作品
総演奏時間:29分50秒
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (1)

解説 : 丸山 瑶子 (3319文字)

更新日:2023年12月19日
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メンデルスゾーンが室内楽に取り組むのは、大きく分けて二期に分かれる。初期は1829年まで、後期は1837年以降とされており、2曲のピアノ三重奏曲(op. 49、op. 66)はどちらも後期に書かれた。Op. 66は第1番と同じく短調で4楽章から成り、個々の楽章のタイプは多楽章作品の古典的な楽章タイプに則しているが、各楽章の形式は18世紀の典型にはおさまらず、19世紀の多くの作曲家が行うように旧来の型より自由な構成になっている。

この作品では、第1楽章冒頭の分散和音が楽章内の他の主題や後続楽章の主題の核にもなっている。作品冒頭で耳にする分散和音の音程や、ド・ミ・ソの基本形ではなく転回形の音形を他の主題でも探してみていただきたい(特に旋律に現れる6度に注意)。そうすればメンデルスゾーンの動機操作の技にも驚かされることだろう。

第1楽章 Allegro energico e con fuoco

 ひと処に留まるよう抑圧された状態の葛藤を思わせる執拗な分散和音の反復から始まる。ソナタ形式ではあるが提示部の反復はなく、また再現部以降の割合が楽章全体に対して非常に大きい。副主題の再現以降、展開部が途中まで再現されてコーダ全体が長大になっているからである(展開部の再現以降、楽章の終わりまでをコーダと捉えるとコーダの小節数が楽章全体の四分の一以上にもなる)。現在の我々が考えるやや定式化されたソナタ形式の枠組みとメンデルスゾーンの頭にある形式理念が別だとすれば、再現部で反復されるべき部分が副主題群の終わりまでとは限らないだろう。ソナタ形式の多様性はこれまでも再三論じられてきたが、この第一楽章の構成は、我々が一般的に抱く提示部、展開部、再現部という区切りを改めて考え直させる。

 主調ハ短調の領域は複数の主題から成り(こうした場合、「主要主題」ではなく「主要主題群」と呼ばれる)、非旋律的で荒々しい分散和音の主題ののちに、ようやくヴァイオリンが旋律的な主題を示す。再び冒頭主題の回帰を挟んで平行調変ホ長調に至ると、弦楽器がメンデルスゾーンらしい伸びやかで明るい副主題を奏でる。

 短い移行部を経て、楽章の冒頭主題によるピアノとヴァイオリンの模倣から展開部が始まる。展開部の書法は再現部にも組み込まれている。例えば楽章冒頭主題の再現では、提示部とは逆に弦楽器が先に分散和音モチーフを示す間、ピアノは展開部において副主題の旋律と共に現れたのとよく似た三連符の分散和音を奏する。そして弦楽器からピアノに主要主題の分散和音が移ると、今度はヴァイオリンがピアノを模倣して展開部冒頭と対応するテクスチュアを作り出しているのである。再現部が提示部と展開部の内容を統合するとも言えよう。既出素材はコーダでもなお新鮮な形で活用されている。ここではピアノによる楽章冒頭の分散和音主題に、弦楽器が同じ主題を倍の音価で被せているのにも注目を。

第2楽章 Andante espressivo

 三部形式。それぞれの部分で一定のリズムが支配的となり、それによって互いに区別されていると思われるほど強く特徴付けられてiる。すなわち最初の部分(Aとする)はシンコペーション中心の長閑な主題がホモフィニックに奏でられる。変ホ短調で始まる中間部(Bとする)は二つの旋律を中心に織り成され、はじめにチェロに現れる旋律はA部との関連性を作り出すシンコペーションが中心であり、その一方でピアノの高音に紡がれる旋律は画一的なリズムの和音伴奏を伴い、この8分音符のパルスがセクション全体に継続する。そしてこのリズムから解放されるようにピアノが流れるような16分音符に変わると、弦楽器の素材もA部の主題旋律となって転調セクションに入り、伴奏のリズムはそのまま保ってA部の再現に至る。楽章全体の1/4ほどの長さにもなるコーダでは、次から次へと既出の素材が現れていく。しかもB部の音楽が部分的に再現した後は、動機の畳みかけ、フォルティッシモまで高じるクレッシェンド、半音階などによってクライマックスが形成され、独立したセクションと見ても良い充実した内容になっている。高揚した音楽はすぐさまデュナーミクを弱め、最後には動機の音価も伸ばされて、密やかに楽章が閉じられる。

第3楽章 Scherzo Molto allegro quasi presto

 大まかにはABABAの5部分に分けられるスケルツォで、旧来の図式に当てはめればA部を主部、ト長調のB部をトリオと捉えることができる。ただし各部分の対応関係は薄く、構成は互いに大きく異なっている。

 冒頭から楽章の末尾までゲネラルパウゼのない無窮動の楽章で、全体的に強弱の抑えられた弦楽器の素早く軽い動きによって、いわゆるメンデルスゾーンの「エルフのスケルツォ」が作り出されている(《真夏の夜の夢》のスケルツォが代表的)。音形や旋律の割り当てからすれば、楽章の大部分で弦楽器2つが対で扱われているが、弦とは別の動きをするピアノが突出することもない。むしろピアノの大振りな動きは避けられ、さざめくような弦楽器と溶け合っている。

 形式面に注目すると、それぞれのセクションはさらにいくつかの細かい部分に分かれており、個々の部分は同じ音形が周期的に繰り返されるシンプルな構造になっている。しかし各部分の内部が分かりやすく周期的に区切られるのとは対照的に、大きなセクション同士の区切りは不明瞭で、気づいたら次のセクションが始まっているという印象を受ける。ここには無窮動で続く音楽の流れの中で、執拗に繰り返されていた動機に微細な変化がつけられたり、同じ楽句が反復される最後に新しい動機が加わったりするといったように、直前までの音楽に少しずつ手を加えながら移行に入るというのが理由の一つだろう。A部の冒頭が回帰する時には、模倣書法も区切りを不明瞭にする要因になっている。

 

第4楽章 Allegro appassionato

 この楽章で特に注目されるのは “Gelobet seist du Jesu Christ”, “Herr Gott dich alle loben wir”, „Vor deinen Thron tret ich hiermit“のいずれかを元にしていると考えられるコラール風旋律が現れる点である。J. S. バッハに対するメンデルスゾーンの関心は有名であるが、バッハ作品に触れた経験もこの旋律利用と関係があるのかもしれない。

 形式を考えたとき、セクション同士を繋ぐ移行部に楽章冒頭の主題旋律ないしその断片が用いられているのでロンド形式のような印象を受ける。しかし同時に、前半では2番目の主題が変ホ長調、コラール主題が変イ長調で現れたのに対し、後半ではそれぞれ楽章の主調ハ短調とその同主長調ハ長調になる点がソナタ形式における副主題の調の扱いと通じる(「自由なソナタ形式」とされることもある)。だが強いて言えば展開部に当たる部分は主題旋律による模倣が短く行われる程度で、主調による主題の完全な再現もないため、既存の典型に無理に押し込める意味はあるだろうかと疑問も生じる。

6/8拍子で舞曲を連想させる印象的な主要主題は、上述した移行セクションだけではなく他の主題の対旋律としても現れ、楽章全体に統一性を与えている。一方、はじめに変ホ長調で現れる主題旋律については、その分散和音の音形に第1楽章の主題との共通性が指摘されている。

動機の変容だけではなく響きの変化も豊かで、その幅は薄く室内楽的なテクスチュアから、ピアノのオクターヴや弦楽器の重音を駆使した重厚なテクスチュアまで実に広い。楽章の中でも最も迫力のある響きを与えられているのは終盤のコラールだろう。ここでは三つの楽器が広範な音域をカヴァーし、トレモロや3〜4弦にまたがる重音が用いられ堂々とコラールが奏でられる。短調の音楽が続いてきたところで終盤に長調のコラール風の主題が荘厳たる趣で現れるのは、メンデルスゾーンの前奏曲とフーガop. 35にも見られる展開である。

執筆者: 丸山 瑶子

楽章等 (4)

第1楽章

総演奏時間:10分50秒 

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第2楽章

総演奏時間:6分40秒 

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第3楽章

総演奏時間:4分00秒 

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第4楽章

総演奏時間:8分20秒 

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