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フンメル :フルートソナタ ニ長調 Op.50

Hummel, Johann Nepomuk:Sonate für Flöte und Klavier D-Dur Op.50

作品概要

楽曲ID:18010
作曲年:1810年 
楽器編成:室内楽 
ジャンル:ソナタ
総演奏時間:15分30秒
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (1)

解説 : 今野 千尋 (5202文字)

更新日:2019年3月4日
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成立年代は不詳。初版は1810~1815年に刊行された。現行のタイトルは《フルート・ソナタ》op. 50[1]だが、初版の表紙には《フルートあるいはヴァイオリンのオブリガート付きピアノ・ソナタ》[2]と印刷されている。さらに、「婦人のための段階的定期刊行曲集1年目第2冊」と書いてある。ピアノが普及し始めた当時、一般的に優れたピアノの実践者は、家庭の中でも在宅時間が長く、したがって練習時間の長い女性であった。そのため、作品全体を通して充実したピアノパートは女性が担うべきパートであり、フルートやヴァイオリンは通常、男性や子女が演奏したと考えられる。このように、本作はフルート独奏作品ではなく、一種の室内楽曲と捉えることができる。当時の演奏習慣として、演奏者がオブリガート・パートをフルートにするかヴァイオリンにするかを選択できた。これは、出版業者がいっそう多くの利益を見込むため、慣習的に行っていた表示法である。こうすることで、さまざまな楽器をたしなむ愛好家をターゲットにすることができた。愛好家を対象としているので、この曲には重音といった弦楽器特有の奏法は見られない。音域に関しては、フルートに合わせたものになっている。そのため、フンメル自身はフルート奏者がオブリガートを演奏することを前提として作曲したのではないかと推測される。フルート(またはヴァイオリン)は、オブリガートとはいえ、十分に協奏的な役割を担っており、推移部では急速な音階によるピアノとの掛け合いも見られる。

第1楽章 Allegro con brio、ニ長調、4分の4拍子

第1楽章はソナタ形式で書かれている。4小節の序奏では、フルートとピアノの輝かしいtuttiで始まる。これは、同時代の交響曲の典型的な身振りである。その後、フルートによって第1主題が提示される。第1主題は大きく2つのモチーフa、bから成る。aは展開部でも用いられるほど、この楽章の核となっているモチーフである。一方、モチーフbは展開されない代わりに、多くの修辞的効果を含んでいる。まず、リズム的・調的な安定は、旋律楽器が担うシンコペーションによる半音階的上行(第28~30小節、音楽修辞法ではpassus duriusculusと見なしうる音型)によって脅かされる。この不安を伴う音楽的予兆は、第31小節におけるイ長調から変ロ長調への突然の転調によっていっそうはっきりしたものとなる。変ロ長調から、ホ短調、イ短調と様々な調に変化していき、第2主題が導かれる。

第2主題は、なおも聴き手の意表を突くかのように、ハ長調から始まり、行進曲風のリズミックなモチーフを特徴とする。第52~57小節にかけては、再び楽句aで見られた、シンコペーションによる上行半音階がいっそう長い範囲にわたってフルートに現れ、不安定な情緒を強める。このパッセージは、修辞的効果と同時に、異名同音を使った半音階的な遠隔転調で、最終的にイ長調に推移するためのプロセスとしても機能している。小結尾への推移は、両楽器が協奏的に華麗な楽句を奏で、小結尾にてイ長調に終止する。

展開部は、ニ短調から始まり、種々の調を経ながら第1主題のモチーフaが変化していく。変ロ長調では、フルートによる主要モチーフa1がピアノによって奏でられるオーケストラ風のトレモロの上で堂々と奏でられるが、すぐに他の調で反復され、変ホ長調に至る。第118小節では、カデンツによって確立されたこの調で、ピアノが第1主題を奏でる。この時、聴き手は主題再現がはじまったかのような印象を受けるが、実際には「偽の」再現である。「真の」再現は、ロ短調による新たな推移の後にようやく始まる。

再現部には、展開部で十分扱われなかった第2主題の展開が見られる。特に注目されるのは、第170小節に見られる変ロ長調への逸脱で、ここでは第2主題のリズムをバスにおいて、それまでに現れなかった対位法により半音階的な旋律が聴き手を強く印象づける。この部分の半音階的な扱いは、提示部における半音階(passus duriusculus)が提示部で全く扱われなかったことを補う意味もあるだろう。その後、既出のモチーフの若干の展開(第176~186小節)を経て、推移部が華麗に再現され、結尾を導く。

*〈形式図の見方〉

この表の見方この形式図は、各段を左から右へと読み、1段目、2段目・・・と上段から下段へと追っていく。 楽曲の構造上、共通する要素が縦に並んでいるため、どこでどのモチーフが表れているのかが一目で分かるようになっている。なお、各段の数字等の役割は、次の通り。 1行目:セクション名、2行目:小節数、3行目:モチーフ及びモチーフの小節数、4行目:調、 5行目:カデンツ(pedはドミナントの保続低音) 枠外下部の「!」は、カデンツの中断など、聴き手の期待から意図的に逸れる箇所を表す。

形式図を拡大表示する(「リダイレクトの警告」が表示されることがありますが、リンク先へ進んでいただいて大丈夫です。

第2楽章 Andante、ニ短調、8分の6拍子

 第2楽章は2部構成になっている。第1部では冒頭2小節の動機をもとに器楽的な主題(動機a)が提示される。この動機は主にピアノが奏し、フルートはオブリガートでピアノの動機に応える。旋律は歌唱風の様式に転じ、ニ短調の悲哀の歌は平行調へと転じ、牧歌的な素朴なアリアへと変化する(動機b)。第2部は第1部の器楽的主題をヘ長調で奏するが次第に転調していき、主調の主題(a’’)に回帰する。ここで初めてフルートも動機を奏し、強い緊張をともなうクライマックスに至る。この動機は第1楽章にも見られたような上行半音階の音型を用いて展開される(フルートとピアノの右手)。さらに、付点16分休符によって途切れたこの半音階は、心の動揺、切迫した感情を表す修辞的音型suspiratio(モーツァルトの《幻想曲 ニ短調》K. 397でも見られる)の特徴も具えており、短2度の衝突、鼓動のように連打されるピアノ右手の16分音符、ピアノ左手とフルートの近接した模倣とともに強い情動を表現している。この不安定な心情は、一度はニ短調に解決することで落ち着くものの、コーダではイ長調に転調していく。これによって楽章としてのドラマの完結は保留され、解決の期待は第3楽章の第5小目へと先送りされる。

第3楽章 Rondo pastorale、ニ長調、4分の2拍子

 第3楽章はソナタ風ロンド形式形式で書かれている。ピアノの軍隊風のリズムから始まるが、直ちにフルートによる主題とピアノが奏でるバグパイプなどの土俗的な保属低音によって、「牧歌的pastporale」な性格が提示される。ところが、意表を突く同主短調のロ短調のV度(フェルマータ)で半終止し、モーツァルト的諧謔味を帯びた序曲風の様式へと一転する。フェルマータを用いた中断は、abruptioという修辞法である。これは沈黙が予想されないテクスチュアの中に沈黙が置かれるものだ。むろん、ここで即興的な装飾が入ることは可能だが、流れの中断を強調することによって、続く楽想の急転、すなわち田園的な性格と劇場という都市的な性格の対比が際立つ。この主題は何度も繰り返されるが、フェルマータの際には、これより先、ピアノのフィオリトゥーラが記譜されている。

 ところで、フルートの主題(a1)は、後に展開される、名高い対位法主題(モーツァルトが《交響曲第41番 ハ長調 「ジュピター」》K.551で展開した「ド-レ-ファ-ミ」の音列)のアナグラムになっている(階名で([ソ-]レ-ファ-ミ-ド=[a-] e-g-fis-d)。この牧歌的主題は、上述の諧謔的な性格へと変わり、ピアノに受け継がれる。第2主題への推移部でも、「ジュピター」のモチーフと類似した音型がシンコペーションで強調される(第33-34小節、d-cis-g-fis、階名では-シ-ファ-)。このモチーフは、モーツアルトの交響曲やミサ曲でよく用いられた。これ自体はグレゴリウス聖歌からとられたもので、18世紀には賛歌《輝く創造主 Lucis creator》の冒頭部分として、広く知られていたものである。またモーツァルトが学び、また自分の弟子の教育にも使用した、フックス流対位法の常套音型であり、パレストリーナからブラームスまで、何十人もの作曲家の作品に登場する。フンメル自身も、本ソナタに先立って、ピアノ曲(《ピアノ・ソナタ》op. 20の3楽章)で用いている。

 属調の第2主題は、先の主題に対して、音階と分散和音から成る流麗な技巧的音型で構成され、流れが中断されることもない。ピアノとフルートが協奏的に分散和音と音階を奏で合う。

展開部では、フックスの主題がト長調で表れる。ト長調のド-レ-ファ-ミのモチーフのあとの和声進行が、モーツァルトの《交響曲第41番 ハ長調 「ジュピター」》K.551の第4楽章の第1主題と非常に似ており、恩師モーツァルトへのオマージュとも見ることもできる。この主題は変ホ長調、ヘ長調、ト短調と段階的に転調していく。

ジュピターのモチーフが二つの楽節(c1, c2)を通して4度提示されたのち、第113小節から動機労作による展開が始まる。展開されるフルートの動機は、ジュピターのモチーフの変形であると同時に、旋律の動向(跳躍下行⇒順次上行)から見て、第1主題の拡大形と採ることもでき、提示部からの一貫した文脈のなかに「ジュピター」の動機が位置づけられる。

再現部は、再び第一主題が牧歌的性格とブッファ的性格を対比させ、後者ではフルートが同音反復でピアノを伴奏する。続く推移では、提示部で聴かれた「ジュピター」の動機へのほのめかしはもはや示されない。これは、展開部で十分にこれが展開されたからであろう。第二主題の華麗な性格を保持したまま、楽章のクライマックスが導かれ、何度も完全終止が先延ばしされ期待を高めたのちに、ようやく、185小節でコーダに入る。

コーダは田舎風のドローンに支えられた第1主題が回想されたのち、a’を特徴づける陽気な楽想によって華麗に閉じられる。

参考文献

・洋書

Mark Kroll. Johann Nepomuk Hummel : a musician’s life and world. Lanham, Md. :Scarecrow Press, 2007.

Zimmerschied, Dieter. Thematisches Verzeichnis der Werke von Johann Nepomuk Hummel. Hofheim am Taunus : F. Hofmeister, c1971.

・一次資料

Hummel, Johann Nepomuk. Sonate: pour le pianoforte avec accompagnement de flûte ou violon op. 50 . c1817.  daten.digitale-sammlungen.de/~db/0002/bsb00022158/images/
Accessed 2019-01-12

・楽譜

Hummel, Johann Nepomuk. Sonata in D-Dur für flöte und Klavier op. 50. Edited by Helmut Riessberger. Wien:Doblinger, 1964.


[1] Hummel, Johann Nepomuk.Sonata in D-Dur für flöte und Klavier op. 50. Edited by Helmut Riessberger. Wien:Doblinger, 1964.

[2] TITLE: Répertoire de Musique pour les Dames Ouvrage périodique et progressif . . . composée par JEAN NEP. HUMMEL. Ⅰ. Année, Cahier 2 chez l’Auteur, Brandstadt No. 671[on top of first page of music] Sonata per pianoforte con Flauto o Violino obligato*

*Mark Kroll, Johann Nepomuk Hummel : a musician’s life and world. (Lanham, Md. :Scarecrow Press, 2007), pp.360

執筆者: 今野 千尋

楽章等 (3)

第1楽章

総演奏時間:8分30秒 

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編曲0

第2楽章

総演奏時間:3分10秒 

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編曲0

第3楽章

総演奏時間:4分00秒 

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編曲0

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