1784年のモーツァルトはヴィーンでの人気に後押しされて6曲ものピアノ協奏曲を生み出した。この5曲目のピアノ協奏曲は、9月30日、盲目の女性ピアニストM. P. パラディスのために作曲されたものである。サリエリの弟子である彼女は、巧みにピアノを弾き、作曲もこなす音楽家であった。モーツァルトとは83年にザルツブルクで出会っており、ヨーロッパ・ツァー用に作品を依頼したのだろうと考えられている。
モーツァルト自身も翌年2月にこの協奏曲を演奏した。それを聴いた父レオポルトは、充実した楽器法に「喜びで涙が出た」とモーツァルトの姉ナンネルに書き送っている。また、その書簡には、皇帝もまた「ブラヴォー、モーツァルト」と叫び絶賛していたことが記され、演奏会の盛り上がりぶりが明らかになっている。
作曲家自身によるカデンツァは、第1楽章に3種、第3楽章に2種、そしてアインガングは第3楽章にひとつ残されている。
第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ、変ロ長調、4/4拍子。協奏的ソナタ形式。喜ばしい明るさに満ちた楽章。ピアノはスケールやアルペジオを利用した動きが目立つ。
第2楽章:アンダンテ・ウン・ポコ・ソステヌート、ト短調、2/4拍子。変奏形式。主題と5つの変奏から成る。モーツァルトの短調に独特な美しさと前進力をもった楽章である。
第3楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ、変ロ長調、6/8拍子。ロンド形式。前楽章とは打って変わって明るく華やかなフィナーレ。とはいえ、途中にはロ短調の激しい部分を含み、陰影を見せている。