1989年に書かれた《リタニ》は、1950年に作曲された武満の公の場へのデビュー作《二つのレント》(原譜は紛失された)を、記憶を頼りに書き起こされたものである。
《二つのレント》の発表は、山根銀二により「音楽以前である」との酷評を得たことで有名である。拍節的な構造からは逸脱する独特な息づかいをもつ武満の音楽は、すでにこの頃から色濃く現われていた。だが明確な五音音階からなる旋律断片が所々に散りばめられているあたりは、最初期の作品に特有の響きである。これは戦前の作曲家からの影響と見ることができるだろう。また一方で、第二曲目の旋法的な要素や和音の扱いには、武満が早くから触れていたメシアンの音楽からの影響がしばしば指摘されている。
第一曲、第二曲ともに重く、厳かな「死」のイメージに縁取られた音楽であるが、随所に柔らかく暖かな和音が響く。演奏には、旋律線のつながりを大切にすること、そして和音の響き、その鳴らしては消えゆく繊細な時の経過に耳を澄ますことが要求される。